iPS細胞が分化万能性を獲得する過程におけるクロマチン高次構造の変化


京都大学iPS細胞研究所・主任研究員
堀田 秋津

体細胞に数種類の転写因子を導入することによって作成されるiPS細胞は分化多能性(pluripotency)を持つ為,試験管内での病態再現や薬剤試験,損傷した細胞組織を補完する再生医療など,多様な応用が期待されている。しかしながら,iPS細胞の誘導過程は確率論的かつ非効率であり,作出されたiPS細胞における「質のばらつき」が大きな問題となっている。

私は以前の研究で,未分化多能性幹細胞で特異的に発現するEOSレンチウイルスベクターを開発した。そして,このEOSベクターを用いると,マウスおよびヒトiPS細胞の誘導過程を効率化できることを見出した。しかしながら,樹立された数々のiPS細胞株を詳細に検討してみると,分化誘導に反応して完全に分化が誘導される(EOS-EGFPの発現がきれいに消失する)高品質のiPS細胞株(Full-iPSC)と,分化が不完全でEOS-EGFP発現が残留する低品質なiPS細胞株(Partial-iPSC)が存在することが判明した。また,このEOS-EGFP陽性細胞を含む分化細胞は,奇形腫形成能力も保持していた為,再生医療等へ応用する際には大きな問題になると考えられた。私はこの分化能力の違いを,エピジェネティクスや染色体構造の観点から明らかにしたいと考えて,実験を行ってきた。

最も興味深い結果としては,ヘテロクロマチン領域の物理的構造の変化が観察された。核内の染色中心(Chromocenter)はMajor SatelliteおよびMinor Satelliteの繰返し配列で構成されており,DAPI染色やH3K9me3の明るいドットとして観察可能な,高度凝集クロマチン構造を取る事が知られている。ESI (Electron Spectroscopic Imaging)と呼ばれる特殊な電子顕微鏡を用いて燐[P]と窒素[N]原子を可視化すると,この染色中心の核内での物理的構造が体細胞やpiPSCでは高度に凝集しているものの,fiPSCやES細胞,マウス着床前胚のICMでは凝集構造が緩和していることが明らかとなった。また,このヘテロクロマチン領域の構造緩和は,iPS細胞の分化多能性獲得と密接に相関することが示された。さらに今回,予期せぬ結果として,教科書的な構成的ヘテロクロマチンの構造とは異なった構造が観察された点も合わせて紹介したい。


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