新生ニューロンの海馬情報獲得依存的な神経回路網への組み込み

富山大学大学院医学薬学研究科(医学)生化学講座
大川 宜昭・井ノ口 馨

近年,生後の脳にも神経前駆細胞が存在し,産生されるニューロンが機能的に神経回路網に組み込まれることが示されている。この,生後の神経新生の盛んな場の一つが,海馬歯状回である。海馬はある種の記憶の形成に重要な脳領域であり,近年,海馬での神経新生が学習・記憶に関与することが明らかとなってきた。一方,新生ニューロンの神経回路網への組み込みが,シナプス可塑性や学習・記憶により制御されるかどうかを知ることは,海馬が獲得した情報に対する神経新生の意義を考える上での重要な検討課題であるが,ほとんど明らかにされていない。

シナプスは,ニューロン間の情報伝達の場である。スパインは,興奮性シナプス入力を受信する樹状突起から突出した構造体であることから,その発現様式は,機能的シナプス形成の指標となる。一方,長期増強(LTP)は,シナプス間の伝達効率の増大が長期間持続する現象であり,記憶・学習形成における細胞・シナプスレベルの機構として認知されている。

我々は,情報獲得にともなう海馬新生ニューロンの既存回路網への組み込み様式の変化の検討を目的とし,異なる時期に自由行動下でラット海馬へLTPの誘導を行い,産生後4週(28日齢)時点での新生ニューロンのスパイン発現様式がどのように変化するのかを観察した。新生ニューロンのスパイン標識は,組み換えレトロウイルス感染によるGFP-actinの遺伝子導入により行った。この遺伝子導入は,分裂細胞でのみ起こることから,海馬において神経前駆細胞から生まれる娘細胞で確立され,感染日は誕生日として規定される。

まず,新生ニューロンのスパインが未発現である12日齢時点で,LTPを分子層中層に誘導し,スパイン発現様式が誘導層特異的に変化するかを検討した。この結果,2週間後のスパイン数とスパイン断面積の増加が誘導層特異的に観察され,活性化回路網特異的な現象であることを突き止めた。一方,劇的なスパイン発達が開始する16日齢時点でのLTP誘導は,誘導層特異的なスパイン数の減少を引き起こし,また,劇的なスパイン発達後の21日齢時点でのLTP誘導により,誘導層である分子層中層におけるスパイン断面積の増加が観察された。これらの結果は,新生ニューロンの回路網への組み込みが,LTP誘導という既存回路での新規情報獲得にともない,情報獲得時期,さらに領域特異的に変化することが明らかとなり,これにより,新生ニューロンは,その発達時期毎に海馬の獲得情報に対してそれぞれ異なる役割を果たすことが示唆された。

(参考論文)
新生ニューロンの経験依存的な海馬神経回路網への組み込み
大川 宜昭,井ノ口 馨. 学研メディカル秀潤社, 細胞工学2011年5月号・特集:記憶を分子・細胞の言葉で理解する, 30: 521-527 (2011).


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