細胞老化による炎症とがん

−肥満により増加する腸内細菌の代謝産物が肝がんを促進する−


公益財団法人がん研究会 がん研究所 がん生物部
主任研究員 大谷直子

正常細胞にDNAダメージなど発癌の危険性のあるストレスが加わると、不可逆的増殖停止である「細胞老化」が誘導される。細胞老化はアポトーシスとならぶ重要な発癌防御機構として知られている。我々はこれまで培養細胞を用いて、細胞老化誘導の分子機構の解明に取り組み(1,2,3)、CDKインヒビターであるp16やp21の発現が細胞老化の誘導に重要であることを示してきた。さらに、p16やp21遺伝子発現を生体内でイメージングするマウスを開発し(4,5)、細胞老化の生体内における役割を明らかにしてきた。

しかし、アポトーシスとは異なり、細胞老化をおこしても細胞が死滅せず長期間生存し続けることから、細胞老化は、初期には癌抑制機構として働くが、長期的には生体になんらかの慢性的な影響を及ぼす可能性があると考えられる。最近、細胞老化をおこすと、様々な炎症性サイトカインやプロテアーゼ等が大量に分泌されることが明らかになった。この細胞老化にともなう炎症性サイトカイン分泌現象はsenescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれており、慢性炎症や慢性炎症を素地とする発がんの原因のひとつである可能性が示唆されている。しかし、細胞老化における炎症性サイトカインの分泌維持機構や、生体内において細胞老化による炎症性サイトカイン分泌が引き起こす病態については、ほとんど明らかになっていない。

今回我々は、全身性の発癌モデルマウスを用いて、肥満により肝がんの発症が著しく増加することを見出した。肝がん腫瘍部においては、肝臓における線維芽細胞である肝星細胞において細胞老化とSASPが生じており、SASPによる炎症性サイトカイン分泌が肝がんの進展に関与している可能性が強く示唆された。次に肥満により肝星細胞の細胞老化が誘導されるメカニズムについて、我々は肥満による腸内細菌の変化に着目した。バンコマイシン投与により、肝がん形成が著しく抑制されたことから、腸内のグラム陽性菌の代謝産物が肝がん形成に関与している可能性が考えらえた。肝がんを形成した肥満マウスの血中を流れる代謝産物を解析した結果、肥満により増加した腸内細菌の代謝産物、デオキシコール酸が肝がんを促進した可能性が強く示唆された。さらに、ヒトにおいても、脂肪肝に発症するNASH(non-alcohlic steatohepatisis)肝炎に伴う肝がん症例において、肝星細胞の細胞老化とSASPが検出され、同様の機構がヒトの肝がんにおいても働いている可能性が示唆された(6)。


参考文献

  1. Ohtani N, Zebedee Z, Huot TJ, Stinson JA, Sugimoto M, Ohashi Y, Sharrocks AD, Peters G & Hara E. Opposing effects of Ets and Id proteins on p16INK4a expression during cellular senescence. Nature 409, 1067-1070, (2001)
  2. Takahashi, A., Ohtani N., Yamakoshi, K., Iida, S., Tahara, H., Nakayama, K., Nakayama, K.I., Ide, T., Saya, H. & Hara, E. Mitogenic signalling and the p16INK4a/Rb pathway co-operate to enforce irreversible cellular senescence. Nature Cell Biol. 8, 1291-1297, (2006)
  3. Takahashi A, Imai Y, Yamakoshi K, Kuninaka S, Ohtani N, Yoshimoto S, Hori S, Tachibana M, Anderton E, Takeuchi T, Shinkai Y, Peters G, Saya H & Hara E. DNA Damage Signaling Triggers Degradation of Histone Methyltransferases through APC/CCdh1 in Senescent Cells. Molecular Cell 45, 123-131 (2012)
  4. Ohtani N, Imamura Y., Yamakoshi K., Hirota F., Nakayama R., Kubo Y., Takahasi A.,Ishimaru N., Hirao A., Mann DJ., Hayashi Y., Arase S., Matusmoto M., Nakao K. & Hara E. Visualizing the dynamics of p21Waf/Cip1 cyclin-dependent kinase inhibitor expression in living animals. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 104, 15034-15039, (2007)
  5. Yamakoshi K, Takahashi A, Hirota F, Nakayama R, Ishimaru N, Kubo Y, J. Mann D. J, Ohmura M, Hirao A, Saya H, Arase S, Hayashi Y, Nakao K, Matsumoto M, Ohtani N & Hara E. Real-time in vivo imaging of p16Ink4a reveals cross talk with p53. J. Cell Biol. 186, 393-407, (2009)
  6. Shin Yoshimoto S, Loo TM, Atarashi K, Kanda H, Sato S, Oyadomari S, Iwakura Y, Oshima K, Morita H, Hattori M, Honda K, Ishikawa Y, Hara E & Ohtani N. Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer via senescence secretome. Nature 499, 97-101, (2013)

北陸実験動物研究会ホームページに戻る