Y染色体をもたない哺乳類の性決定メカニズム


北海道大学 大学院理学研究院 生物科学部門  黒岩 麻里

哺乳類の性染色体は元々一対の常染色体であったと考えられており、長い進化の年月を経て、Y染色体は決失を繰り返し矮小化が進行した。ヒトではX染色体上には約1,100の機能遺伝子が連鎖している一方で、Y染色体には80ほどの遺伝子しかなく、遺伝子の重複を除くとたったの50種類しか残されていないことがわかってきた。残された約50種類の遺伝子の多くは、オス (男性) に必須な機能を担うようになった。

哺乳類において最もよく知られているY染色体上の遺伝子は、SRY (sex determining region on Y) 遺伝子である。SRY遺伝子は、哺乳類の性決定遺伝子として知られており、未分化な生殖腺において発現することにより精巣の分化を導く。この性決定メカニズムは真獣哺乳類において広く保存されている。また、Y染色体上の遺伝子の多くは精巣特異的に発現することが知られており、これらの多くは精子形成や精巣発達に重要な役割を果たすと考えられている。

哺乳類のオスにとって、Y染色体は極めて重要な役割を担っている。しかし、Y染色体をもたない、極めて珍しい哺乳類が存在する。南西諸島に生息するトゲネズミ属は三種から構成される、日本の固有種である。奄美大島と徳之島に生息するアマミトゲネズミ (Tokudaia osimensis) とトクノシマトゲネズミ (Tokudaia tokunoshimensis) は、Y染色体をもたず雌雄ともにXO型の性染色体構成をしており、染色体数はアマミが25本、トクノシマが45本となる。さらに、SRY遺伝子もゲノム中から消失している。一方で、沖縄島に生息するオキナワトゲネズミ (Tokudaia muenninki) は、一般的な哺乳類と同様にXX/XY型の性染色体をもつが、X、Y染色体ともに巨大な染色体となっており、Y染色体はヒトのY染色体のおよそ5倍のサイズである。また、SRY遺伝子も過剰に重複している。

本研究会では、トゲネズミ属に起きたユニークなY染色体の進化と、SRY遺伝子に依存しない性決定メカニズムについてご紹介する。


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