感覚器系-嗅覚系および網膜-における
社会性ペプチド・バゾプレシンの働き

横浜市立大学・視覚再生医療研究,金沢大学子どものこころの発達研究センター
辻 隆宏

バソプレシンとその類似ペプチドのオキシトシン(以下AVP, OT)は下垂体より血中に放出され末梢で機能すると考えられてきた。しかしながら、脳内への放出の発見と1990年代に一夫一妻制の社会行動を示す、平原ハタネズミのこの行動に、AVPやOTが関与していることが発見されて以来、AVP, OTの社会認識行動の脳内回路の関与について研究され、現在ではオキシトシンの鼻内スプレーの自閉症への臨床治験も本邦でも開始されている。我々は、嗅球および他の嗅覚経路と網膜にもバゾプレシン神経が存在することを発見し、その生理的機能について研究してきた。

視交叉上核(SCN)は概日リズム形成に主要な役割を果たすことはよく知られている。網膜から入力を受けるSCN内神経細胞は、この網膜からの昼夜リズム入力に概日遺伝子発現のフィードバックループを同調させ、急激かつ正確な出力を生み出す。これには、SCNの神経ペプチドである、AVP、ガストリン放出ペプチド(GRP)、血管作動性腸管ペプチド(VIP)の神経間ネットワークが関与する。これまで、AVP神経はSCNの背内側部にあり、最も強力な同調因子の光からの直接の投射(入力機能)には関係せず、概日周期の出力機能を担うと考えられてきた。しかし、2012年にYamaguchiらはAVP受容体 (V1a/V1b) のノックアウト(KO)マウスを用いた解析から、野生型ではゆるやかに行動が昼夜サイクルに同期するのに対し、KO マウスではすみやかに同期することを明らかにし、時差ボケが速やかに改善するモデルを作製した(Yamaguchi et al, Science, 2013)。我々は、網膜神経節細胞層にAVP神経が存在し、その多数がSCNに投射していることを発見した。光刺激や視神経の電気刺激により、このAVP網膜視交叉上核経路がSCNにAVPを放出し、SCNの一部の神経群の活性化に働くことを電気生理学的手法およびマイクロダイアライシス法を用いて証明した(Tsuji et al, J. Physiol, 2017)。さらにその過程で得た700を超えるSCNのin vivo細胞外電気記録からSCNの光応答細胞は、驚いたことに個体によって決まっており、約30Hzの基本周波数で同調していることを明らかにした(Tsuji et al, J. Physiol, 2016)。今回はこのAVP神経経路の概日周期同期に対する役割について考察をする。

さらに、嗅覚系のAVP細胞、主嗅球、前嗅核、梨状皮質についての社会認識にどのように関与しているのかを電気生理学、行動学、免疫組織化学を用いて解析した結果についてまだ未報告のデータを含めて、紹介する。


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