アルツハイマーモデルマウスにおける記憶障害、軸索の萎縮、シナプス減少がginsenoside Rb1およびその腸内細菌代謝物M1により回復する


東田 千尋
富山医科薬科大学 和漢薬研究所 薬効解析センター


 我々は、痴呆における神経回路網の破綻を機能的に修復する薬物を開発する目的で、神経突起伸展作用を指標にした伝統薬物のスクリーニングを行ってきた。いくつかの人参類生薬メタノールエキスに神経突起伸展活性を見出し、さらにそれらメタノールエキスから単離された19化合物についても活性を検討した。神経突起伸展活性を示した4種の化合物 (ginsenoside Rb1, ginsenoside Rb3, notoginsenoside R4, notoginsenoside Fa)はいずれもprotopanaxadiol (ppd)系サポニンであった。これらのサポニンが、痴呆における記憶障害に対する作用を有するかどうかを検討する目的で、アルツハイマー病の原因物質であるamyloid b (Ab)の活性部分配列25-35ペプチドを単回脳室内投与して作製する、アルツハイマー病のモデルマウスの1つを使用した。また、ヒト、ラット、マウスにおいてppd系サポニンを経口摂取した場合、大部分が腸内細菌により20-O-b-D-glucopyranosyl-20(S)-protopanaxadiol (M1)へと代謝されることが分かっているため、ppd系サポニンの作用本体がM1である可能性を考え、ppd系サポニンであるginsenoside Rb1とM1の作用を比較検討した。Ab(25-35)投与したマウスでは、空間記憶の獲得と保持が対照群と比較すると有意に減弱した。さらに脳切片を免疫染色したところ、大脳皮質および海馬において、軸索とシナプスの有意な減少が観察された。一方、Ab(25-35)投与の7日後からginsenoside Rb1 (10 mmol/kg) あるいはM1 (10 mmol/kg) を経口投与した群では、記憶獲得・保持能力ともに対照群のレベルに維持されており、軸索とシナプスが正常レベルに保たれていることも明らかとなった。またginsenoside Rb1、M1ともに樹状突起の再形成に対しては無効であった。経口投与されたginsenoside Rb1とM1による、これらの作用の強さは同等であったことから、ほとんどのginsenoside Rb1がM1へ代謝されること、M1が作用本体であることとが示唆された。そこで次に、初代培養したラット大脳皮質神経細胞におけるM1の作用を検討した。M1は大脳皮質神経細胞の軸索を特異的に伸展させた。Ab(25-35)を処置することで軸索および樹状突起の萎縮を誘発した状態にM1を作用させた場合においても、M1は軸索特異的な伸展を促進した。以上の結果より、M1がAb(25-35)に誘発される軸索の萎縮、シナプス減少を抑制し、おそらくそのことによって記憶障害を回復させること、人参類生薬を経口摂取する場合、M1へと代謝されるppd系サポニンを含有するものが、神経回路網の再構築に有効であることが示唆された。

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