必須脂肪酸のn-3/n-6バランスによる炎症反応の制御
−免疫から行動まで−


渡辺 志朗
富山大学 和漢医薬学総合研究所


高等動物がその正常な成長や生理機能の維持のために摂取しなくてはいけない脂肪酸,いわゆる必須脂肪酸にはn-3およびn-6系列がある。ヒトを含めた動物はこれらの脂肪酸を主に植物を摂取することにより体内へ取り入れている。ただし平均的な植物に含まれる脂肪酸中の両系列の割合はn-6系のほうがn-3系よりも数倍以上多いため,その割合は摂取するそれにほぼ相当する。n-3およびn-6系脂肪酸は動物体内では個別に代謝され,それらは主にエイコサペエンタエン酸,ドコサヘキサエン酸(n-3系列)やアラキドン酸(n-6系脂肪酸)に変換され,体内に蓄えられる。またこれらはさまざまな酵素により炎症を媒介する物質(炎症性メディエーター)に変換されるが,一般にアラキドン酸からつくられる炎症性メディエーターの活性は強いが,n-3系のエイコサペエンタエン酸(EPA),ドコサヘキサエン酸(DHA)からは炎症性メディエーターはつくられにくく,つくられたとしてもそれらの活性は極めて弱い。これらのことより,摂取脂肪酸中のn-3系を多くし,逆にn-6系脂肪酸を少なくすると,体内でつくられる炎症性メディエーターが少なくなり,また活性も低くなる。すなわち炎症反応を弱める方向に向かわせる。

私自身もこの考えに沿って必須脂肪酸バランスをかえることによりどのような炎症反応が制御できるかを,動物実験により研究してきた。明らかに摂取脂肪酸中のn-3/n-6バランスは体の中の炎症性メディエーターの材料となる脂肪酸の割合に反映され,つくられる炎症性メディエーターの量に影響していた。しかしながらこのことが単純に炎症反応の制御に至るかという点については,必ずしもそうではなかった。すなわち炎症反応に至る過程にある免疫反応において,炎症性メディエーターの役割は非常に複雑であり,それと炎症反応との単純な関係を当てはめることは困難であることもわかってきた。このような研究のなかで,最近になって必須脂肪酸バランスが炎症反応に伴う動物の行動変化に非常に強く影響することがわかってきた。本講演ではこの最近の研究結果に至るまでのさまざまな実験モデルを用いた私の研究を紹介する。

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