高病原性トリインフルエンザとシアロ糖鎖


鈴木 康夫
静岡県立大学薬学部生化学教室,CREST, JST,21世紀COEプログラム
中部大学生命健康科学部,CREST, JST(2006年4月1日〜)


インフルエンザウイルスの宿主細胞への感染は,宿主細胞膜上のシアロ糖鎖レセプターへの結合が引き金になる。我々は,インフルエンザウイルスに対する宿主細胞膜レセプターは,シアリルラクトサミン構造 (シアル酸α2-3(6)ガラクトースβ1-4(3) N-アセチルグルコサミンβ1-) に担われていること,トリから分離されるインフルエンザウイルスはシアル酸α2-3ガラクトース(α2-3)を,ヒトの臨床分離株はシアル酸α2-6ガラクトース (α2-6) を認識・結合することを見出してきた。最近,ウズラから分離されたH9N2亜型の一部は,トリから分離されたにもかかわらず,ヒトウイルスと同様にα2-6へも結合できること,中国福建省(Fujian province)で高病原性トリインフルエンザウイルスH5N1に感染した少年から分離されたウイルスは,α2-3と2-6の両方へ結合できるように変異していたこと,同様の変異はベトナムのハノイにおけるヒトから分離されたトリH5N1にも見出されたことなども明らかにした。ヒトの気道にはα2-6を持つレセプターの他に,最近,α2-3レセプターの存在も報告され,高病原性トリインフルエンザウイルスが高濃度に直接ヒトの気道に暴露された場合,α2-3レセプターを介するヒトへの伝播も可能であると考えられる。また,1918年のスペイン風邪ウイルス(H1N1亜型) は,元来トリ由来であるが,ヒト気道上のレセプター,α2-6結合を認識する変異を既に遂げていることも明らかにした。

このような背景を考慮すると,現在,アジア,ロシアおよびヨーロッパの一部に居着いている高病原性H5N1ウイルスは,@家禽の中で流行している過程で,A偶発的にヒトへ伝播し,ヒトの体内で,Bさらにブタなどの中間宿主を介して,α2-3認識のトリ型ウイルスからα2-6認識のヒト型ウイルスへ変異する可能性がある。高病原性トリインフルエンザウイルスの受容体認識のヒト型へ変異(α2-3認識型(トリ型)→α2-6認識型(ヒト型))は,スペイン風邪で我々が体験したような大きなパンデミック発生の一因となる可能性がある。しかし,この兆候を事前にキャッチ出来れば,ワクチン製造,抗インフルエンザ薬の備蓄など,打つ手もある。レセプター認識特異性変異の兆候をキャッチするには,遺伝子解析だけでは不十分で,分離されたウイルスを用いるレセプター認識特異性変異のサーベイランスが必要である。これにより,初めて,正確なレセプター認識特異性の情報が得られる。以上,遺伝子や抗原性解析に加えて,高病原性トリインフルエンザウイルスの地球規模のレセプター認識特異性変異サーベイランスは早急に開始されるべきである。

1. Suzuki, Y. (Review) (2005) Biol. Pham. Bull. 28, 399-408

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