肥満・インスリン抵抗性状態におけるIL-6/STAT3の個体糖代謝調節における役割


金沢大学フロンティアサイエンス機構
井上 啓

我々は中枢神経インスリン受容体の活性化により肝のIL-6産生が促され、その結果、転写因子STAT3の活性化とそれに伴う肝糖新生の抑制が生じるという新規な中枢インスリン作用の発現機構を明らかとした。一方、IL-6がインスリン抵抗性の発症に関わることを示唆する報告も散見される。そこで、本研究では肥満やインスリン抵抗性状態におけるIL-6/STAT3経路の耐糖能制御における意義を検討した。

マウス肝では摂食や糖負荷後にIL-6産生とSTAT3リン酸化が生じるが、インスリン抵抗性モデルマウスであるdb/dbマウスや高脂肪食飼育マウス、また肝における強いインスリン抵抗性を示すモデルである肝特異的PDK1欠損マウスでは、肝のIL-6産生とSTAT3リン酸化は亢進していた。肝特異的STAT3欠損db/dbマウス、肝特異的PDK1/STAT3二重欠損マウス、肝特異的STAT3欠損高脂肪食飼育マウスは、STAT3を欠損しない各々の対照マウスに比して耐糖能の悪化を示した。これは、末梢臓器のインスリン抵抗性が亢進した状態では、肝IL-6/STAT3シグナル経路の活性化が耐糖能の維持に重要な働きをすることを示唆する。

一方、db/dbマウスにIL-6に対する中和抗体を投与するとインスリンによる肝糖産生抑制能は減弱するものの、主に骨格筋のインスリン作用を反映すると考えられるインスリン依存性グルコース処理能は亢進し、それに伴い個体レベルでの耐糖能も改善した。またIL-6欠損マウスにおいても対照マウスに比して、インスリンによる肝糖産生抑制能は減弱し、インスリン依存性グルコース処理能は亢進していた。db/dbマウスでは骨格筋STAT3のリン酸化も亢進しているが、IL-6中和抗体はdb/dbマウスの骨格筋STAT3リン酸化を低下させた。また、骨格筋特異的STAT3欠損db/dbマウスは、対照db/dbマウスに比べ良好な耐糖能を示し、インスリンによる肝糖産生抑制能には変化は無かったが、インスリン依存性グルコース処理能は増強していた。

以上の結果から次のような仮説が提唱できる。肥満やインスリン抵抗性状態では、おそらくは高インスリン血症による中枢神経インスリン受容体の活性化により、肝IL-6/STAT3経路が亢進し、末梢臓器のインスリン抵抗性を代償する方向へ作用している。このため、この経路が阻害されると個体レベルでの耐糖能は悪化する。一方、肥満・インスリン抵抗性状態では骨格筋でもIL-6/STAT3シグナル経路は亢進しており、肝とは逆にこの経路の活性化がインスリン抵抗性を誘導するため、骨格筋特異的にSTAT3欠損させると耐糖能の改善を見る。このように、IL-6/STAT3経路は肝ではインスリン感受性の亢進、骨格筋ではインスリン抵抗性の誘導という2つの異なった作用を担うと考えられる。


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