哺乳類概日時計の発振機構と時計遺伝子


金沢大学理工研究域自然システム学系
程 肇

動物の行動の基盤は遺伝子と環境によって規定されている。遺伝的に決定された自律的な概日時計が、外界の光サイクルなどに同調する概日リズム形成機構は、行動を惹起する遺伝子と環境の相互作用を解析するために最適の生物現象の一つである。哺乳類の概日時計の本体は脳視交叉上核(SCN)にある。網膜より入力した光情報はSCNに達し、その概日リズム位相を光サイクルに同調させる。そしてSCNの自律的に発振する概日リズムが、他の末梢組織の概日リズムを支配する。この入力‐振動‐出力という階層構造は個体レベルだけでなく細胞レベルでも維持され、一つの視交叉上核細胞内でも特異的な機能をもった分子ネットワークが共役することで、連続的な振動を形成できると考えられている。これらの分子ネットワークは多様な分子の相互作用を含む多重フィードバックループであるとされる。リズム発振機構を構成する階層性を有する複雑な分子ネットワークを包括的に解析する研究はまだ端緒についたばかりである。即ちこの基本構造のより深いシステム的理解のためには、個々の時計分子を同定するボトムアップの実験的手法だけでなく、リズムへの撹乱などに対する細胞内mRNA、タンパク質、低分子代謝物質の動的反応性からモデルを構築するトップダウンの方法論も必要だと考えられる。

まず、真核生物の概日リズムの転写―翻訳系を中心とした多重フィードバックループ構造を分子レベルで解析するにあたり、未だその機能が明らかになっていない哺乳類の時計遺伝子であるPeriod(Per)遺伝子群(Per1、Per2)に着目した。Perは概日時計中枢であるSCNで明期にピークをもつ明確な転写翻訳リズムを有する。そしてPer1、Per2破壊体マウスや強制発現変異体ラットは、行動リズム周期異常という表現型を示す。今回は厳密に制御されたPer発現日周リズムを支える転写および翻訳機構、及びそれに内包されるPerの機能について明らかにしたことを中心に考察する。

さらに、発光により概日リズムを連続的に測定できるSCN由来細胞株を樹立した。この細胞は自律的にPer1遺伝子発現の発振リズムを維持するばかりか、時刻依存的にその位相を前進または後退させることができ、SCN概日時計の示すべき必要条件を満たしていた。この細胞内で発現概日振動を示す遺伝子、並びにそれらの概日リズムを薬理的に撹乱した時の転写物の動的反応性をDNAチップで包括的に解析した。リズム形成に働くと推定できた遺伝子の個体レベルでの機能を変異体動物で調べたところ、実際にリズム発振ならびに細胞間同調に関与していることを見出した。これらの研究を例に、概日リズム形成ネットワーク構造をシステム的に理解し、それを個体‐細胞‐分子レベルで統合的明らかにする試みの一端について議論を進めたい。


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