サル大脳皮質初代培養神経系細胞を利用してできること
富山大学人間発達科学部 安本 史恵
精神神経科には高次脳機能の障害を起こした患者が来院する。最近の研究で、そのような病気の一つである統合失調症を、家族全体で起こしている患者たちがいることが分かった。親も子供も発症するということになると、その家族性統合失調症の発症には遺伝の要素が関係しているのではないかと疑われる。そこで患者のDNA塩基配列と健常者のDNA塩基配列を比較した研究が盛んになり、患者の家族でだけ見つかる遺伝子の塩基配列異常があることが分かった。
ではその遺伝子の塩基配列の異常によって、実際に脳の中で何が引き起こされてしまうのか。その謎を解明するためのステップとして我々は、人間とDNA塩基配列がほとんど同じで、なおかつ生体実験を行うことのできる実験動物であるサルの大脳皮質の神経細胞を実験に使う方法を確立した。この実験系の確立は、本研究以外にも、高次脳機能に関連する研究にとって広く役立つ可能性があると自負している。
目的とする遺伝子の塩基配列が、用意したサルの神経細胞において人間の健常者の塩基配列と同じであることを確認してから(げっ歯類の塩基配列は健常者の人間のものと60%しか一致しない)、サルの神経細胞において人工的に統合失調症患者の脳で生じているDISC1の変化を再現してみた。つまり、RNAi法によって統合失調症患者の変異型DISC1の作用を実験的に再現し、そのときサル神経細胞に生じる変化を検出することによって、患者の脳の中で生じている神経細胞の変性を解析することを試みた。
結果は以下のようであった。健常者と同じ遺伝子配列のままの神経細胞では、神経細胞特有の軸索や樹状突起が伸長して行くのに対して、統合失調症患者の変異型DISC1の作用を受けた神経細胞では、突起が伸びず数も少ない、という未熟な神経細胞になってしまった。通常神経細胞は、突起を伸ばし、やがてその突起同士がシナプスとよばれる結合部を作って興奮の信号をやりとりするようになる。これが神経細胞の命とも言える最も基本的な働きとも言える。しかし遺伝子操作をした神経細胞において突起は未熟であった。このことは、統合失調症患者型の神経細胞では興奮の信号の伝達ができない可能性が高いことを意味する。この神経細胞の変化が統合失調症の患者の脳の中で起きているとしたら、患者の主な症状である陰鬱や無気力や妄想などといった高次脳機能障害を引き起こす要因になっている可能性がある。
本研究には
- 今後広く高次脳機能研究に有用となりうるサル大脳皮質初代培養神経系細胞というツールを確立したこと
- 統合失調症患者の脳内の神経細胞を再現し、突起が未熟であるという科学的知見を得たこと
という技術・科学的な二つの意味合いがあると考えている。
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