遺放射線の医学・生物学利用


京都大学原子炉実験所,副所長
高橋 千太郎

1895年レントゲン博士によって発見されたX線は,身体の内部を見ることができる新しい「光」として医療の分野に賞賛をもって迎えられた。数年後には,がんの治療にも利用され,体の中を見るだけでなく,病気の治療に効果のある不思議な光として医学への利用が進んだ。一方,1898年にはキューリー夫人によって8トンの鉱石から0.1グラムのラジウムが分離精製され,人類は初めて放射性同位元素を手に入れた。その後,原子炉を利用して多様な放射性同位元素を人工的に作ることが可能になると,この分野の技術・産業は大きく発展した。現在では,加速器を用いた放射性同位元素の製造が可能となり,多様な放射線,多種類の放射性同位元素が利用可能となってきている。

このような放射線や放射性同位元素は,さまざまな産業で広く活用されており現在社会において必須の技術である。特に医学・生物学分野では,基礎的な研究開発から,臨床医療に至る広い範囲で利用されている。X線は単純X線撮影から,断層撮影(CT)や血管造影など多様な用途に使用され,臨床医療ではなくてはならないものであるが,動物実験やタンパク質構造解析などの基礎医学・生物学でも広く利用されている。最近ではX線やγ線以外の放射線の利用も進んでいる。研究用原子炉で提供される中性子線は,中性子回折による物質の構造解析や中性子イメージングといった技術に利用されている。最近では,加速器を用いて中性子を発生させることが可能となってきており,今後,一層の発展が見込まれている。また,陽子線や重粒子線は主としてがんの治療を目的に臨床医学の分野で開発が進んでいるが,これを基礎医学・生物学に利用しようという試みも多い。放射性同位元素に目を向けると,14Cや3H,32Pなどのトレーサとしての使用は広く知られているが,最近では陽電子放出核種をトレーサとして用いた研究も始まっている。また,PET(positron emission tomography)は,がんの診断に広く利用されてきているが,動物実験への応用も進んでおり,小動物用PETもすでに市販されている。

本講演では,放射線や放射性物質の種類と特性に関する基本的な事項を簡単に説明したのち,臨床医学での利用例,動物実験や各種の基礎医学・生物学分野への利用例を紹介する。また,放射線は多量に被ばくすることにより悪性腫瘍や白血病の原因となるので,十分に管理して使用することが必要である。放射線のリスクや安全管理についても併せて紹介する。


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