体細胞核の初期化と創薬利用を目指した幹細胞加工技術開発


鳥取大学染色体工学研究センター 染色体医療学研究部門・教授
多田 政子

体細胞から未分化な多能性幹細胞であるiPS細胞がつくりだされ,免疫拒絶のない移植治療用細胞の供給源として大いに期待されている。更に,遺伝的疾患を持つ個体から樹立されたiPS細胞は,変異を受けている遺伝子領域を特定できない場合でさえも,疾患モデル細胞を提供できる点で優れている。マウス胚性幹細胞(ES細胞)は,人為的に改変した遺伝情報をキメラ状態を介して次世代に伝え,その効果を個体レベルで解析できる点において,その優れた価値は全く失われていない。また,in vitro試験において,ヒトES細胞もまた,これまで蓄積された研究成果からヒト多能性細胞の「標準」としての価値は全く失われていない。ヒトiPS細胞からin vitroで分化誘導した組織細胞を移植治療に用いることは,安全性が保証されるまで実現には至らないであろうが,創薬における安全性試験へのヒトES/iPS細胞の利用はより実現可能である。組織細胞は,生後,乳児から大人に至まで遺伝子発現パターンを含めて質的に変化する。例えば,心筋は,生後分裂を停止するが,体の成長に合わせて細胞が肥大化することで体の大きさに見合った心臓を作り出している上に,個々の心筋細胞のイオンチャネル機能もまた変化している。ヒトES/iPS細胞から機能的に成熟した成人型の組織細胞を得るには,この成長の時間軸を培養下で早送りする必要性がある。細胞の発生段階を制御できなければ,ヒトES/iPS細胞を用いて正確な化合物の安全性予測ができないばかりか,疾患モデルiPS細胞を解析する場合,機能的未熟さが発生段階によるものか遺伝子疾患の影響かを特定できない。現状,さまざまな分化誘導系が開発される中で,最終的に成人組織細胞と同様に機能する均質な細胞をつくりだすことは極めて困難な状態にある。我々は,分化誘導効率よりもヒトES/iPS細胞由来の組織細胞の機能を如何に成人に近づけるかという点に重点を置き,「大人の心臓」と「大人の肝臓」の細胞をつくりだす成熟化培養法の開発を試みている。これまでの主なマウスES細胞の特性解析と近年のヒトES/iPS細胞の応用研究について紹介したい。


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