福島のモグラに何が起こっているか


富山大学大学院理工学研究部生物圏環境科学科
教授  横畑 泰志

2011年3月の福島第一原子力発電所の事故以来、放射能に汚染された地域で様々な動植物への影響が調査されている。国際放射線防護委員会(ICRP)はシカ類やネズミ類など12群の動植物を重点的に調査すべき生物として定めており、福島ではその中に含まれる野ネズミ類なども調べられているが、ニホンザルMacaca fuscataのようにこれまで放射線被曝の影響が野外でまったく調べられたことのない動物も調査の対象になっている。

モグラ類は大量の土壌動物を食べることや同程度の大きさの他の小型哺乳類と較べると寿命が長いものがいること、どこにでもいて捕獲が比較的容易なことなどから環境指標動物としての有用性が昔から指摘されていた。関東地方での調査では、実際にダイオキシンやDDTを高濃度で生物濃縮していたことが知られている。しかし、ICRPの定める生物群に含まれていないことや、ネズミ用のわなでは捕まらないことから、これまで国内外で放射能汚染の影響が調べられたことはほとんどない。そこで、2013年7〜9月に浪江町でアズマモグラMogera imaizumii (以下、モグラ)15頭を捕獲し、同じ場所でフトミミズ類(Pheretima spp., sensu lato)と土壌も採取し、ゲルマニウム半導体検出器による放射性核種濃度の測定とモグラの形態変異の観察を行った。

表1のように、モグラの137Cs濃度は土壌に較べてばらつきが少なく、これはモグラが広い行動圏の中を動き回るので、その中での平均的な値になるためと考えられる。ミミズは一括して測定したのでばらつきが不明であるが、土壌に比較的近い値であった。モグラの値はそれらより1、2桁低いので、生物濃縮は起こっていないようである。これは137Csが水に溶け易いため、体外に容易に排泄されることが一因かもしれない。128.png

捕えた15頭のモグラのうち3頭の胸部に、部分白化現象による大小様々な乳白色や淡褐色の斑紋がみられた。通常このような斑紋がモグラ類にみられることはもっと稀で、北海道大学の博物館に収蔵されている、過去に捕獲された306点のモグラ標本では、3点のみにしかみられなかった。同様な部分白化は、チェルノブイリ事故の汚染地域や福島のツバメHirundo rusticaでも知られている。今後さらにモグラを捕獲し、分析を進める予定である。

野生動物への原発事故の影響としては、人の立ち入りの減少による生息状況の変化も考えなければならない。モグラの場合は、まず水田の草地化による個体数増加が考えられる。もし今後汚染地で水田耕作が再開された場合、他の動物もそうであるが、モグラ被害の一時的な増加が懸念される。こうしたことも含めて、多面的な調査や検討が必要であろう。


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