増殖因子による乳がん幹細胞制御の分子機構と
臨床応用の可能性


金沢大学・がん進展制御研究所 分子病態研究分野
教授 後藤 典子

がんを根治に導くためには、がん幹細胞をターゲットとした治療法の開発が必要である。しかし、がん幹細胞が維持される仕組みが明らかでないため、そのような治療法は未だ確立されていない。

がん幹細胞様の細胞は、スフェアという球状浮遊細胞塊を形成する。我々は、乳がんの手術摘出検体から得られたがん細胞を用いて、EGF受容体(EGFR)ファミリーのひとつErbB3のリガンドHeregulin (HRG) がスフェア形成を促進することを報告した。HRG刺激によりErbB3が活性化すると、PI3-kinase-Aktパスウエイが活性化し、その下流で転写因子NFκBが活性化する。我々は、HRG刺激によって乳がん細胞内で起こる遺伝子発現変化を、DNAマイクロアレイを用いて網羅的に調べ、HRG-ErbB3-NFκBパスウエイに関わる遺伝子群を抽出した。この中には、多くの増殖因子、サイトカイン、ケモカインとその受容体が含まれていた。これらを用いて、乳がんの臨床検体のスフェア形成能を調べたところ、IGF2とHRGはほぼすべての検体のスフェア形成を強く促進した。EGFRのリガンドAREGとRet受容体のリガンドARTNは一部の検体のスフェア形成を促進した。IGF2の受容体IGF-1Rは、乳がん臨床検体由来のがん幹細胞濃縮分画CD44+CD24lowに強く発現している一方、コントロールのCD44lowCD24high分画における発現は低かった。

以上、がん幹細胞は、増殖因子により、オートクライン、パラクラインに維持されており、IGF2-IGF-1RやHRG-ErbB3システムは、普遍的にがん幹細胞維持に関わること、AREG-EGFRやARTN-Retシステムは、症例によっては、がん幹細胞維持に関わることが示唆された。これらのリガンドー受容体システムは、がん幹細胞の分子標的として重要と考えられる。


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