「ネコにおけるボルナ病ウイルス感染病態の解析」
麻布大学生物科学総合研究所
西野佳以
ボルナ病は,ウマやヒツジに致死的な脳脊髄炎をおこし,運動失調あるいは行動異常を引き起こす神経疾患である。歴史的にみると,今から200年以上前から病気が存在していたことが知られているが,1895年にドイツ南部にあるザクセン地方の町「ボルナ」のウマに大流行したため,以後「ボルナ病」と呼ぶようになったといういきさつがある。その後,ボルナ病は脳を中心とした中枢神経系におけるウイルス感染症であることが明らかにされ,その原因ウイルスはボルナ病ウイルス(Borna disease virus: BDV)と命名された。
BDVは鳥類から霊長類まで広く実験感染が可能であり,特に激しい脳炎を引き起こすウサギあるいはラットをモデル動物として多くの研究が行われてきた。しかしながら,ボルナ病はドイツの他の地域では流行がなかったため,この病気自体はドイツとその近隣の国の家畜(ウマ,ヒツジ)における地方病ととらえられていた。ところが,近年の疫学的調査により他の国々のウマにおけるBDVの自然感染,ならびにウシ,ダチョウ,ネコ等の多くの動物種の自然感染が報告され始め,世界各国の幅広い動物種にウイルスが侵淫していることが明らかにされた。さらに,ヒトにおいては精神疾患患者でBDV抗体陽性者が多いことが報告され,新たな人獣共通感染症である可能性が提起された。その一方で,健常な動物やヒトもBDVに対する抗体を保有していることや,精神疾患患者の全てが抗体を保有しているわけではないことから,BDVと精神疾患との関の伝播経路の遮断ならびに感染者の発症を予防する方法の開発といった対策が将来的には求められる可能性がある。
ネコにはstaggering disease(よろよろ病)と呼ばれる脳脊髄炎を伴う原因不明の神経疾患があるが,BDV感染がこの病気に関連していることをドイツとスエーデンの研究グループが示している。また,人獣共通感染症という側面からボルナ病をとらえると,ネコは私達に非常に身近な動物なのでヒトへウイルスを伝播する動物として最も疑われる。従って,ネコとヒトにおけるBDV感染時期・経路・様式を証明するような疫学的な感染調査・研究は現在最も重要な課題の一つである。本研究会では,ボルナ病に関する現在の知見を紹介するとともに,関東地方のネコにおける感染調査の結果を紹介したい。
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