高齢者におけるインフルエンザウイルス感染のマウスモデル
木村 吉延
(福井医科大学微生物学講座教授)
[目的]
高齢者は一般に感染防御機能が低下しているため,日和見感染をおこし易い。インフルエンザ流行時における高齢者超過死亡の克服は高齢化社会が急速に進行する今日,極めて緊急の重要課題となっている。老化にともなう生体防御機構の変化を明らかにし,感染症に対する有効な予防法,治療法を確立するために,本研究では老化促進マウス(senescence-accelerated mouse:SAM)をモデル動物として,インフルエンザウイルス感染実験を行いウイルス増殖動態,感染発症病理,生体防御反応等の特性を明らかにする試みを行った。
[材料と方法]
マウス:老化促進マウスSAM-P1(senescence-prone)は平均寿命9ヶ月と短命で関節アミロイドーシス,聴覚失調,免疫不全など種々の老化関連病態を示す。対照動物として通常マウスSAM-R1(senescence-regular)を使用した。全てのマウス感染実験は福井医科大学動物実験指針に基づいて実施した。ウイルス:インフルエンザA/PR/8/34(H1N1)ウイルスマウス馴化株を麻酔下のマウスに経鼻接種した。ウイルス感染力価はMDCK細胞単層培養上でのプラーク法(pfu)で定量した。NKとCTL:natural killer(NK)細胞活性はYac-1標的細胞の細胞死をlactate dehydrogenase(LDH)遊離法で測定した。細胞傷害性Tリンパ球(CTL)活性は免疫マウスの脾細胞をin vitroで5日間抗原刺激培養した後に測定した。抗体とサイトカイン:マウス血清中のウイルス特異的抗体価は赤血球凝集抑制試験(HAI)で,また各種サイトカイン(IL-12,IFN-γ,IL-4)活性はELISA法でそれぞれ定量した。リンパ球同定:単クローン抗体を反応させた後,フローサイトメトリーで定性定量した。
[結果]
1.2ヶ月齢P1マウスにインフルエンザウイルス105pfuを経鼻接種すると13日以内に全てのマウスが死亡した。ウイルス接種量を増加(107pfu)させると生存日数はさらに短縮した。一方,対照となる通常R1マウスでは約50%のマウスが生残した。インフルエンザウイルスの50%致死量はP1マウスに対して103.1±0.1pfu,R1マウスに対しては104.9±0.3pfuであった。2.肺組織でのウイルス増殖は通常R1マウスでは感染5日後にピークとなり以後すみやかに排除されたが,P1マウスでは感染早期(第3日)にピークとなりその後も長期間にわたりウイルス排泄が続き,9日後でも依然として高値を示した。3.P1マウス脾臓由来のNK細胞活性は3ヶ月齢以降から低下して,8ヶ月齢では検出感度以下になった。他方,R1マウスではそのような活性低下は認められなかった。さらにR1マウスのNK細胞はインフルエンザウイルスやIFN-αによる刺激処理に応答してその活性を2〜3倍増強させたがP1マウスのNK細胞ではこのような活性化はおこらなかった。4.P1マウスに誘導されるCTL活性は2ヶ月齢で24.5%(R1マウス;38.8%),8ヶ月齢で8.8%(R1;45.1%)と加齢にともなって低下した。ところが血清中のウイルス特異的抗体価はP1(485.0HAI)とR1(422.2HAI)の両者に有意差はなかった。5.P1マウスのサイトカイン産生量は対照R1マウスのそれと比較するとIL-12,INF-γ,IFN-αが低く,IL-4が高い。すなわちTh2優位を示した。6.P1マウス脾臓におけるCD4陽性細胞数は対照R1マウスの1/2しかなかった。CD8陽性細胞やNK細胞数にはP1とR1の両者の間に差はなかった。胸腺においてもP1マウスではCD4陽性細胞数が低値を示した。7.R1マウス脾細胞をP1マウスに移植するとインフルエンザウイルス感染後の生残率が33%まで回復した。
[考察]
人の免役応答は加齢にともなってTh2応答優位となる。その点で老化促進マウスは高齢者の感染症予防,治療に関する研究の貴重なモデル動物となり得る。ウイルスをはじめ細胞内寄生性病原体の排除にはNKやCTLなどの細胞性免疫が主として作用する。インフルエンザウイルス−P1マウスの系においても体液性免疫誘導は感染防御として充分でないことが明らかとなった。そこで老化促進マウスにCG-オリゴDNAを投与してTh2からTh1応答へシフトさせることができれば,インフルエンザウイルス感染に対する新たな予防法の開発が可能となる。
[結論]
老化促進マウスにインフルエンザウイルスを感染させると肺におけるウイルス感染細胞の排除が遅延して重症化する。NKとCTLともに活性低下があり,IFN-γ,IL-12産生も少なくTh1型の免役応答不全が顕著である。然るにウイルス特異抗体やIL-4の産生は充分に認められることからTh2応答は正常である。これらの所見は高齢者をインフルエンザから守るためには細胞性免疫の誘導が重要であることを示唆している。
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