単純ヘルペスウイルスI型誘発神経痛動物モデル(ラット,マウス)の開発とその性質
安東嗣修
(富山医科薬科大学・薬学部・薬品作用学)
帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia, PHN)は,初回感染以来神経節に潜伏していた水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus, VZV)の再活性化によって感染神経節支配領域に沿って引き起こされる疼痛である。この痛みの特徴は,羅患部の皮膚表面に痛覚を含めた知覚低下などの感覚低下が認められる上に,羅患部の皮膚表面およびその深部に灼けるような痛み,刺すような痛み,電気が走るような痛みを生じる。また,特に重大な問題となる痛みとして,感覚が低下した部位に生じるアロディニア(allodynia:触る,撫でる,風が吹くなどの非侵害性の刺激により生じる激痛)があげられる。しかしながら,未だこのPHNの発症機序が不明であり,有効な薬物がないのが現状である。なぜなら,詳細な発症機序を解明するための動物モデルが無いからである。そこで我々は,上記の様な特徴を示す動物モデルの開発を試みた。VZVは,感染の種特異性があるため,VZVと同じヘルペス科に属し,マウスでヒトと同様の帯状疱疹様の皮疹を誘発する単純ヘルペスウイルスI型 (HSV-1;7401H株) を実験に用いた。HSV-1をマウス(BALB/C)後肢に経皮接種すると接種部位と同じ皮膚分節に皮疹が帯状に広がり,後肢足底に触刺激あるいは痛み刺激を加えて反応を調べると,皮疹が発現した時期からアロディニア(触刺激に対する痛み反応)と痛覚過敏(痛み刺激に対する反応の増大)が発現した。このマウスのアロディニアと痛覚過敏を,morphine, diclofenacと gabapentinが抑制するが,amitriptylineは無効であった。また,抗ヘルペス薬acyclovirは,HSV-1接種前あるいは接種2日後から投与を開始すると,後根神経節中のHSV-1レベルを減少し,アロディニアと痛覚過敏を抑制するが,HSV-1の感覚神経での増殖が進んだ5日目から投与を開始してもアロディニアと痛覚過敏を抑制できなかった。一方,HSV-1をラット(SD)に接種すると,マウスの様な帯状疱疹様皮疹,痛覚過敏及びアロディニアが見られず,むしろ痛覚鈍麻が起こった。ラットにおいて,ウイルス接種部位を支配する神経の後根神経節における70−80%の細胞がHSV抗原陽性であった。マウス(20−30%)と比較して感染細胞数の多いことが痛覚鈍麻発症の原因の一つかもしれない。以上の結果から,ラットというよりマウスへのHSV-1接種によって誘発される痛覚過敏がヒトと類似した性質を多く持っており,帯状疱疹痛の発症機構の解析及び,薬物のスクリーニングに有用な動物モデルであると考えられる。
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