実験動物としての蚊


松瀬イネス倶子
(富山医科薬科大学感染予防医学教室)


 世界には約2,500種の蚊が存在することが知られており,その中には病気を媒介する衛生上重要な蚊が数十種類含まれている。蚊が動物またはヒトからヒトへ媒介する主な病原体として,マラリア原虫,日本脳炎ウイルス,ウエストナイルウイルス,デング熱ウイルス,黄熱ウイルス,バンクロフト糸状虫,マレー糸状虫等が知られている。病原体―宿主関係にも特異性があり,マラリアはハマダラカ属,デング熱や黄熱はヤブカ属のシマカ亜属,フィラリア(糸状虫症)や日本脳炎は主にイエカ属によって媒介される。蚊が病気を媒介することは100年以上前にフィラリアの研究で初めて明らかにされた。今日までに感染予防対策として蚊を対象とした研究が数多く行われてきたが,世界の熱帯,亜熱帯地域では現在もこれらの感染症との戦いが続けられている。日本は今では世界的に誇れる寄生虫症撲滅の実績を持つ国であるが,40年ほど前までにはマラリアやフィラリア症が各地に土着しており,戦時中にはデング熱も長崎,大阪や神戸で流行した。近年,国内では患者は発生していないが,デング熱媒介蚊として世界で警戒されているヒトスジシマカが国内の広い地域に生息している。
最近日本では衛生動物の研究機関の数が減少していて,蚊を専門分野とする研究室は極めて少ない。蚊の習性は多種多様であり,野外で普通に見られる蚊の中には,研究室では仲々繁殖できず,飼育法を確立するのが難しい種類が多い。特定の系統を維持するまでには,フィールドでの採取から飼育に成功するまでには様々な工夫が必要となり,それも種によって異なる。飼育条件は温度25度,湿度70%,10時間の照明時間,蔗糖3%溶液(成虫)または粉末ベビーフード(幼虫)の餌を用いるのが一般的である。蚊を対象とした実験は野外および研究室で行われる。野外では,種の分布調査や生態学的調査,殺虫剤,忌避剤,誘引剤の効力テスト等が行われる。一方,研究室では,蚊による種々薬剤感受性テスト,感染実験,病原体の蚊体内での生物学的研究,治療薬の開発,蚊刺によるアレルギーやかゆみのメカニズムの解明等が行われ,遺伝子工学の応用も盛んになってきている。また,実験の目的によって,累代飼育の蚊,フィールドから採取した蚊,培養細胞(ヒトスジシマカ由来のC6/36細胞)等が用いられる。演者は当大学で実験動物として蚊を扱ってきた体験を中心に,その問題や今後の課題を挙げてみたい。

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