動物のウイルス抵抗性Mx遺伝子のゲノム解析
渡辺智正
北海道大学大学院農学研究科・教授
近年わが国でもウシ口蹄疫やBSE(狂牛病)が発生し、一般社会を震撼させた。香港では、ニワトリにインフルエンザウイルスが猛威を振い、ヒトにも感染して死者を出したことから大問題となった。これまで、感染症対策にはワクチンの開発が第一に考えられてきた。しかし、最近流行する感染症にはワクチンが効かない場合が多い。というのは、分子進化を速くすることで、ワクチンをすり抜けようとするからである。一方、感染症の発症率には個体差があることがよく知られており、この差が科学的に解明されれば抗病性品種を作出することができる。
当研究室では、マウスにおいてインターフェロン(IFN)誘導性タンパクとしてRNAウイルスの増殖を抑制することが知られているMx1遺伝子を取り上げ、実験を開始した。当初、ほとんど全ての実験用近交系マウスは、インフルエンザウイルスなどの実験感染に対して致死的で、わずかにA2Gマウスだけが抵抗性であり、その原因はMx1遺伝子の違いであることが報告されていた(Staeheli et al., 1988)。すなわち、ウイルスに致死的な実験用近交系マウスのMx1遺伝子は、いくつかのエクソンが欠失していることが同定された。そこで、私たちは、世界各地の野生マウス由来の系統を調べた結果、それらは全て抵抗性のMx1遺伝子を有していることを見い出した。さらに、野生マウス由来系統を調べていく過程で、これまで発見されていなかった機能的Mx2遺伝子を新たに検出することに成功した。Mx1の発現は核に局在し、インフルエンザウイルスに増殖抑制作用を示すのに対して、Mx2は細胞質に局在し、水疱性口内炎ウイルス(VSV)やハンタウイルスの増殖抑制作用を示した。したがって、両者は、互いに担当するウイルスを分担して住み分けしているものと推定された。
次に、マウスの成果を家畜に応用することを企画した。ニワトリでは、ドイツの研究グループからMxcDNAのクローニングの報告(Bernasconi et al., 1995)がされていたが、抗ウイルス活性のない感受性遺伝子であった。しかし、白色レグホーン種の一例しか調べられていなかった。そこで、日本在来種を含む25品種以上のニワトリMxcDNAをクローニングし、全塩基配列を決定した。その結果、ニワトリMx遺伝子は非常に多様性で、全アミノ酸706のうち15箇所で置換が検出された。in vitro感染実験を行ったところ、ナゴヤ種Mxは文献と同様抗ウイルス活性を示さなかったのに対して、シャモMxなどは明らかに高い抗ウイルス活性を示した。多くの感染実験を行い、1箇所のアミノ酸置換だけ、すなわち631番地がAsnの場合抵抗性、Serの場合感受性であることを確認した。さらに決定的な証拠を得るために、AsnとSerをコードしている領域だけ人為的突然変異で入れ換えた。その結果、表現型も入れ換わり、明らかに631番地のアミノ酸置換がニワトリMxの抗ウイルス活性を決定していることが同定された。Mx遺伝子の抵抗性および感受性形質を指標として、ニワトリ集団で抗ウイルス活性の高い群を選抜するには、簡便に両形質を遺伝子診断する手段が必要である。両形質をコードする塩基配列の違いを直接認識する制限酵素は見当らなかったが、ミスマッチPCR-RFLP法により簡便に診断する方法を考案し、集団調査を可能とした。
今後の研究課題として、Mxはleucine zipperタンパクの一種で、ウイルスが細胞内に侵入していない非感染時、折りたたまれてポリマーを形成しているが、ウイルスが侵入するとモノマーに解離し、ウイルスと相互作用すると推測されているが、どのようなシグナルがMxに指令してモノマーに解離させ、RNAウイルスのどの領域を認識して相互作用するのか、その機構を解明していきたい。
文献
- Jin,H.K., Yamashita,T., Ochiai,K., Haller,0. and Watanabe,T. Characterization and expression of the Mx1 gene in wild mouse species. Biochem. Genet. 36,311-322 (1998).
- Jin,H.K., Takada,A., Kon,Y., Haller,0. and Watanabe,T. Identification of the murine Mx2 gene: interferon-induced expression of the Mx2 protein from the feral mouse gene confers resistance to vesicular stomatitis virus. J. Virol. 73,4925-4930 (1999).
- Jin,H.K., Yoshimatsu,K., Takada,A., Ogino,A., Asano,A., Arikawa,J. and Watanabe,T. Mouse Mx2 protein inhibits Hantavirus but not Influenza virus replication. Arch. Virol. 146,41-49 (2001).
- Ko,J.H., Jin,H.K., Asano,A., Takada,A., Ninomiya,A., Kida,H., Hokiyama,H., Ohara,M., Tsuzuki,M., Nishibori,M., Mizutani,M. and Watanabe,T. Polymorphisms and the differential antiviral activity of the chicken Mx gene. Genome Res. 12, 595-601 (2002).
- Asano,A., Jin,H.K. and Watanabe,T. Mouse Mx2 gene: organization, mRNA expression and the role of the interferon-response promoter in its regulation. Gene 306, 105-113 (2003).
北陸実験動物研究会ホームページに戻る