アイガモ農法とアイガモ卵の孵化
泉 徳和
石川県農業短期大学生物生産学科家畜繁殖学研究室
アイガモ(Anas platyrhynchos)は渡り鳥のカモと家禽化したアヒル(Anas platyrhynchos var. domesticus)の交雑種で,古くはナキアヒルとも言われ,「合鴨」,「相鴨」などの漢字が当てられている。古来の伝統的なアヒル飼育では,飛来してきた野生のカモとしばしば交雑する。しかし,交雑相手のカモはほとんどがマガモである。しかもアヒルはマガモを家禽化したもので,分類学上マガモはガンカモ目(Anseriformes),淡水カモ亜科(Anatinae),淡水カモ類(Anatini),マガモ属(Anas)に属す(黒田長禮:1939,Baldassarre and Bolen:1993 )。
水田にカモが飛来すれば,カモが雑草や害虫を食べるのは自然の生業であり,アジアモンスーン地帯の古来の水稲栽培に取り入れられたことは想像に難くない。中国南部,台湾およびインドネシアでは地域的に水田にカモを放す農法が細々と引き継がれ生き続けている。日本でも約400年前の安土桃山時代から第二次世界大戦頃(1940年代)まで,アヒルによる農法が西日本を中心に継承されてきた。戦後,富山県の置田敏雄氏に代表されるアイガモ農法は水稲の除草に焦点を当て発達してきた。この置田氏と完全無農薬栽培を実践する福岡県の古野隆雄氏の出会い,さらに古野氏と共に「全国合鴨水稲会」を1992年に結成した鹿児島大学萬田正治氏(元副学長,名誉教授)らにより近代的なアイガモ水稲作が開花することになった。日本発のこの環境共生型の持続可能なアイガモ農法が韓国,中国,ベトナム,フィリピンなどアジアモンスーン地帯に逆戻りし,拡大定着しつつある。
近代的なアイガモ農法では,まず田植え期の水田にアイガモ雛を導入する。その後,雛は雑草や害虫を食べ続けるので,殺虫剤や除草剤の使用が削減,廃絶される。さらに有機質肥料,アイガモ糞が供給される。水田内でのアイガモの歩行逍遥は濁水化,稲に対する中耕,成長刺激となる。濁水化は雑草種子の発芽時の光合成を阻止し,雑草防除につながる。農薬の削減,廃絶により安全な食品,アイガモ米が生産され,トンボやアメンボが戻り生活環境が改善される。カモ肉は不飽和脂肪酸が多く,このような自然環境でのびのびと水稲栽培に貢献したアイガモは最後に良質でヘルシーな肉を我々に提供してくれる。
アイガモ農法は技術的に概ね確立しているが,今後,より多く普及させるには若干の課題がある。例えば田植え期という短期間に集中するアイガモ雛の大量需要に対応するための雛の供給には,孵化率向上などが挙げられる。アイガモは水掻きのついた足で卵を汚し,ニワトリよりも孵化期間が長く,胚が死滅しやすい。そのためかアヒル,ガチョウなどと同様にアイガモ卵の人工孵化の成績は極めて低い。そこで,孵卵中のアイガモ卵に冷水を散布,噴霧したり,あるいは卵殻に微小孔穿孔などを試行したところ,高い孵化率が得られたので,卵,あるいは胚の生理との関わりを基に概説する。
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