遺伝子欠失マウスと疾患モデルにおける表現型:テネイシン-C欠失を中心に
吉田 利通
三重大学大学院医学系研究科 修復再生病理学分野
1990年から今まで多くの遺伝子で欠失マウスが作製されてきています。かなりの割合の遺伝子では、従前の予想に反し欠失させても正常に出生し、異常は出生後も見られないことが知られています。テネイシン-C(TN-C)遺伝子も、欠失マウス作製の歴史の早い時期に報告された一つで、発生期に高発現するにも係わらず、遺伝子を欠失させても表現型はでません。細胞外マトリックスタンパクでは、発生期に高発現するものの、表現型が出ないことが多く、その事象を特徴とするマトリックス細胞タンパク(matricellular proteins)という概念が提唱され、TN-Cはその代表的な分子とされています。テネイシンの遺伝子ファミリーは、現在はTN-C、TN-X、TN-R、TN-Wの四種類に分類されており、このファミリー分子の存在から、表現型のない機序として冗長性(redundancy)が提唱されてきました。しかしながら、分子の存在場所や機能の差異からその仮説は否定されてきています。現在まで、我々はさまざまな疾患におけるTN-Cの発現とその機能の解析を行ってきています。本講演では、これらの研究の過程で見られた疾患モデルにおけるTN-C遺伝子欠失マウスの表現型をお示します。
TN-Cは、乳癌間質で特異的に発現する胎児性マトリックスタンパクとして発見されました。乳癌組織でTN-Cは高発現しており、高発現する症例ほど患者の予後が悪いことが知られています。TN-C分子内には選択的スプライシングが行われる反復があり、乳癌組織ではその反復の挿入されたバリアントが、特に特異的に発現されています。この大型のバリアントは、乳癌細胞の増殖と遊走を高め、乳癌の進展を促進していると考えられます。
心筋傷害モデルでは、TN-C欠失マウスの壊死巣周囲で、肉芽組織を構成する細胞である筋線維芽細胞の出現が遅れます。培養心線維芽細胞にTN-Cを添加しますと、a-平滑筋アクチンの発現を増加させ、筋線維芽細胞への形質変化を促進し、線維芽細胞のゲル収縮能を亢進させます。また、線維芽細胞の遊走能も亢進させます。TN-Cは組織修復に重要な肉芽組織の形成に重要な働きをしていると考えられます。
Con A投与で誘発される肝線維症モデルでは、TN-C欠失マウスでコラーゲン遺伝子の発現が低下し、線維化が減少します。野生型と比べ、炎症反応が弱く、サイトカインの産生も減少します。また、線維化過程の主役である活性型星細胞や筋線維芽細胞の出現が減少し、線維化を引き起こすTGF-bの発現が低下しています。TN-Cはこれらの細胞自身で産生され、自身の活性化と肝小葉内への動員を促進していると考えられます。
正常な成体では明らかな表現型はなくても、疾患モデルでは明らかな差異があることをお示しし、疾患研究における遺伝子欠失マウスの有用性について述べます。
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