野生生物を用いた環境汚染のバイオモニタリング:

生息環境の違いによる野生ネズミのCytochrome P450依存活性の変動


富山医科薬科大学動物実験センター

星 英之


 科学技術の進歩は、自然界には存在しない全く新しい人工的素材を生み出し、我々の生活の利便性を高める事となった。その反面、意図的に放出されている農薬をはじめ、非意図的に副産物、不純物として生じるダイオキシン(PCDD)、polycyclic aromatic hydrocarbons (PAHs) 等、我々の周りには多くの化学物質が存在する事となった。
 生体には、化学物質等の生体外異物を代謝および解毒する生体防御機構が存在しており、その代謝経路は 大きく第1相反応と第2相反応に分けることができる。Cytochrome P450 (CYP) は第1相反応で最も重要な働きをしている酵素群の総称である。また、CYPはある種の化学物質、ホルモンの刺激により誘導を受ける事が知られている。 このCYPが特定の化学物質により誘導を受けるという性質を利用して、野生生物のCYPを指標とした環境汚染のバイオモニタリングが試みられている。
 我々は、北海道に広く生息するエゾヤチネズミのCYPを指標とした、環境汚染のバイオモニタリングが可能かどうかを検討した。
 汚染物質による暴露が少ないと考えられる森林地帯、排ガスの中に含まれるPAHs等による暴露が考えられる都市部および農薬による暴露が考えられる農作地帯から野生エゾヤチネズミを捕獲した。エゾヤチネズミの肝ミクロソームの各CYP分子種依存の活性値を調べたところ、予想した通り、都市部の個体は、PAHsやPCDDで誘導される分子種(ラットのCYP1Aに相当する分子種)の活性が上昇しており、農作地帯の個体は、農薬で誘導される分子種(ラットのCYP1AとCYP2Bに相当する分子種)の活性が上昇していることが確認された。また、農作地帯の個体では、CYP2C11、CYP2E1およびCYP2D各分子種依存の活性値も上昇している事が明らかになった。森林地帯の個体は、いずれのCYP依存活性も低かったが、これも予想した通りであった。
 この地域差とは別に都市部で捕獲された17個体中4個体に、CYP2D 依存の活性であるイミプラミン 2位水酸化とブニトロロール 4位水酸化活性が他の個体に比べて著しく低いpoor metabolizerが確認された。
 CYP依存の活性値に地域差が生まれる要因を調べる目的で、森林地帯および都市部から捕獲した個体を実験室内で繁殖し、それらの仔の肝ミクロソームを約7週令で調製し、各CYPに依存の活性値および蛋白発現量を調べた。その結果、エゾヤチネズミは、実験室内で同一の環境、餌、水で育てると、親の出身地に関わらず、ほぼ一定のCYP依存の活性値および蛋白発現量を示す事が示唆された。
 汚染物質等の環境影響を評価する場合、生息環境の違いによりCYP依存の活性に差が生じるエゾヤチネズミは、有用な環境汚染の指標動物となり得る事、またCYPが汚染の優れたバイオマーカーとなる事を本研究では示す事ができたと考える。



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