「トランスジェニックマウスモデルを用いたウイルス性肝発癌機構の解析」


金沢大学医学部第一内科
中本安成,金子周一,小林健一


 肝細胞癌(肝癌)は慢性ウイルス肝炎を素地に発症するが,これまで国内外を通じて肝発癌研究に用いられてきた動物モデルのなかで,発癌過程を病態生理学的に再現した実験系が存在しなかった。B型肝炎ウイルス(HBV)はヒト以外ではチンパンジーに感染することが知られているが,肝炎の発症,肝発癌を完全に再現することはできず,解析においても手技的な限界がある。また解析方法が確立されているラットやマウスにウイルス抗原以外の遺伝子を導入することや発癌物質を投与することによって肝発癌実験が行われてきたが,発癌に至る病態が慢性ウイルス肝炎における慢性炎症の機転とは明らかに異なっているために,得られた結果からは多段階発癌過程を総括的に理解することができなかった。そこで本研究では,細胞免疫学的手法を用いてB型肝炎ウイルストランスジェニックマウスにウイルス抗原特異的な持続性の肝細胞障害を誘導することによって,慢性肝炎を病態生理学的に再現した動物モデルを作成した。このマウス慢性肝炎モデルにおける肝発癌を検討することによって肝における慢性炎症の発癌活性を評価すると同時に,発癌に関与するウイルス側,宿主側因子を分子生物学的,免疫学的に解析した。
【方法】肝において HBV 表面抗原 (large S) タンパクを発現するが免疫学的寛容状態にあり肝細胞傷害,肝癌を発症しない HBV トランスジェニックマウス 107-5D (H-2d) を用いて以下の3群を作成した。I 群:3カ月齢のトランスジェニックマウスの胸腺を摘出し放射線照射後に,HBV S タンパクを用いて免疫した B10D2 (H-2d) マウスの骨髄,脾細胞を移植した。 II 群:胸腺摘出,放射線照射後にトランスジェニックマウスの骨髄,脾細胞を移植した。 III 群:全く処置されていないトランスジェニックマウスを用いた。肝炎の経過を血清トランスアミナーゼ値および組織学的に観察した。肝細胞の細胞周期を免疫組織学的に PCNA 染色によって比較した。肝炎による肝細胞の壊死,再生に寄与する因子として,リンパ球の細胞障害活性 (CTL 活性) を Cr-51 放出アッセイによって検討した。肝における炎症細胞浸潤,サイトカインおよびアポトーシス関連遺伝子の発現を RNase プロテクションアッセイを用いて解析した。
【成績】 I 群のマウスに慢性肝炎を発症した。20カ月齢まで観察したところ 89% (8/9) に肝癌が発生した。これに対して,II 群のマウスに慢性肝炎を認めず,肝癌は 11% (1/9) に発症した。III 群に肝癌は発症しなかった (0/10)。I 群の PCNA 陽性肝細胞数は II 群,III 群の 20 倍に増加していた。脾細胞の CTL 活性を検討すると,I 群に高い活性を認めた。この CTL 活性は抗 CD8 抗体によって抑制され,抗原エピトープは,移植した脾細胞同様 MHC class I 拘束性 HBs 28-39 番アミノ酸であった。 また,CTL 活性の強さと腫瘍の数,大きさに相関を認めた (R2=0.63)。II 群,III 群には CTL 活性はみられなかった。3群間で肝における浸潤リンパ球,マクロファージの数を比較すると,I群において増加していた。また肝におけるサイトカインの発現は,I群において腫瘍壊死因子 (TNFa) ,IL-12 の高い発現を認めた。アポトーシス関連遺伝子の発現に明らかな差異を認めなかった。
【結論】HBVトランスジェニックマウスモデルにおいて,ウイルス遺伝子の発現だけでは肝発癌は認められなかったが,慢性肝炎による肝細胞の壊死,再生が持続することによって細胞周期が亢進し肝癌が誘導されることが分かった。また肝病態の進展に寄与する因子として,ウイルス抗原特異的な CD8 陽性 MHC class I 拘束性 CTL と活性化したマクロファージおよびこれらの産生するサイトカインが考えられた。

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