伝統医薬物からの抗ウイルス剤の開発


富山医薬大 医学部 ウイルス学
黒川昌彦,白木公康


 我々は,伝統医薬物のウイルス感染症に対する有効性を明らかにし,伝統医薬物からウイルス感染症に対する新たな予防,治療薬の開発を目的として研究を行っている。この研究の特徴は,常にヒトにおけるウイルス感染症を想定した動物感染実験系を用いている点である。これまで,動物感染モデルを用いて,ウイルス感染症に対する伝統医薬物の有効性を抗ウイルス効果,あるいは,感染による生体防御免疫反応の観点から,伝統医薬物の抗ウイルス治療活性を明らかにし,さらに,これら活性を裏付ける活性化合物を明らかにしてきた。そこで,我々が動物感染モデルを用いて伝統医薬物から抗ヘルペスウイルス活性物質を明らかにした過程を紹介する。
 これまで300種以上の和漢薬エキスの抗単純ヘルペスウイルス(HSV)活性を培養細胞,マウスHSV経皮感染系を用いて検討し,人への経口投与量から換算した量で,マウスのHSV感染症に対してアシクロビル(ACV)の治療効果に相当する4種のエキス(大根草,丁子,五倍子,訶子)を選択した。また,この4種は,ACVとの併用効果,ACV耐性株に対する治療効果も示すことから,ACVと作用機序の異なるエキスの抗HSV活性が明らかになった。これらエキスは,マウスで紫外線誘発HSV回帰発症再発予防効果を示し,特に,五倍子エキスには,モルモット陰部自然回帰発症に対する予防的治療効果が確認でき,陰部ヘルペス回帰発症の再発予防薬として臨床利用できる可能性が示唆された。さらに,これらエキスには,サイトメガロウイルス(CMV)感染症に対する予防的治療効果を示すものもあり,免疫抑制患者のCMV感染症に対する有効性が示唆された。このように,ウイルス感染症の予防的治療薬としてエキスが臨床応用できる可能性が指摘できた。
 さらに,4種のエキスを抗ウイルス活性を指標として分画し,植物種の異なる大根草と丁子からeugeniinを,また,五倍子からmoronic acidを抗HSV活性物質として単離,同定した。
Eugeniinは,エキスと同様に,ACVと異なる抗HSV作用機序を示した。また,マウスの経皮感染系を用いて,eugeniin, moronic acidがHSV感染症に治療効果を示すことを明らかにした。したがって,これら活性物質を明らかにしたことで,抗ウイルス薬としてのエキスの活性評価を可能としただけでなく,伝統医薬物エキスに抗ウイルス薬として適応を見いだすことができた点,また,新規抗ウイルス活性をもつ抗ウイルス剤の開発ができる点で,抗ウイルス剤の開発における天然物由来の伝統医薬物の有用性を示すことができた。

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