輸入野生動物と人獣共通感染症


国立予防衛生研究所 筑波医学実験用霊長類センター 
センター長  吉 川 泰 弘


   エマージングディジーズは,主として野生動物が保有する
   未知あるいは既知の病原体が人の世界に侵入し,重篤な感
   染症や爆発的な感染症の流行をおこすものである.そのよ
   うな危険性が,最近の熱帯雨林開発やペットブームによる
   珍しい野生動物の輸入量の増加によって高まっている.わ
   が国でも輸入野生動物の検疫システムを早急に確立する必
   要がある.

 バブル経済が崩壊した後,不良債権を筆頭に多くの問題が未解決のまま残されている.ここで論じる輸入野生動物と人獣共通感染症(zoonosis)の問題も,決して科学の世界だけの問題ではなく,すぐれて社会的・時代的な問題を内包している.すなわち,わが国が経済大国として成長してきた過程で,およそすべてのものが投機の対象となったように,輸入野生動物もまた投機の対象となってしまったことが問題なのである.輸入野生動物,主としてペット動物の輸入が増えたことは,しかし,単に投機的な意味だけでなく,核家族・少子化社会のなかで人の絆が希薄となったこと,あるいは生活のゆとりの結果としてペット動物に対するニーズが高まったこともその背景にあると思われる.
 他方,開発途上国の熱帯雨林開発を中心とする自然の改変はすさまじく,森のなかに眠っていた多くの病原体を揺りおこす結果となった.こうして生態系を乱された野生動物たちに,ヒトを含めて新しい流行病(エマージングディジーズ)がおこっている.飛行機によって,たった1日で世界中に移動が可能になっている今日に,さまざまなペット類が無検疫でわが国に持ち込まれてくる状態は,公衆衛生上のリスクから考えてきわめて釣り合いの取れない危険なものである.

日本に輸入される動物の種類と変遷

 日本に輸入されてくる動物の全体像を正確に把握することは,簡単にみえて意外と困難である.この理由は後で述べるように,わが国では動物検疫制度が完全には確立されていないこと.輸入される動物についての個別の情報が集約されていないこと,所轄官庁が農林水産省・通産省・厚生省などに分散していること,ペット動物輸入の実態がつかみにくいことなどである.
 わが国への動物の輸入数量は,一応‘税関貿易統計’(通産省)と‘動物検疫年報’(農林水産省)に示されている.税関では,貨物に対する手続き上の数量を統計対象にしているので,機内携行動物は貨物としでは扱われない.すなわち後述するようにペット類が携行動物として機内に持ち込まれた場合には対象からはずれてしまう.他方,動物検疫年報には,“家畜伝染病予防法”と“狂犬病予防法”の対象となる個別動物(指定勤物)の統計が記録されている.指定外の動物については,獣類,鳥類のように一括項目にされてしまう.指定外の動物で輸入数量統計がだされているのは‘税関貿易統計’のサル類だけである.
 以下に,便宜上,輸入動物を家畜,研究用・展示用動物,ペット動物の3種類に分けて,わが国に輸入されている現状とその変動をみることにする.この3種類に大別したのは後で検疫制度や野生動物保護の問題が関連してくるからである.
 家畜
 農林水産省動物検疫所は,国内の家畜などへの海外からの伝染病伝播を防疫するため,輸入家畜について“家畜伝染病予防法”に基づいて検疫をおこなっている‘検疫対象となる動物は,ウシ,ウマ,ブタ,ヒツジ,ウサギ,アヒル,七面鳥,ガチョウなどの家畜と家禽類およびミツバチである.ウシは過去5年間で,3万5000頭から1万1000頭に減少しており,ブタは1100頭から550頭に半減している.また,ヒツジ,その他の偶蹄類もそれぞれ100頭,400〜500頭から,1/10,l/200と急激に減少している.いっぽう,ウマは2500〜3000頭と安定している.初生雛などの家畜は100万羽から増加する傾向をみせている.ウサギは,1972年に急激に増加し,その後暫減しているが,これはペットブームによる輸入増加であると思われる(図1省略).総じて,わが国への家畜の輸入は初生雛を除いて,長期滅少傾向にある.
 研究用・展示用動物
 実験動物として,医薬品開発やワクチンの製造,あるいは基礎医学研究に使われる動物は,主としてマウス・ラットなどのげっ歯類,ウサギ,ビーグル犬およびサル類である.サル類を除く実験動物は,主に国内の繁殖飼育業者が生産しており,国外に輪出する方が多く,国内の需要は自給自足体制になっており輸入には頼っていない.
 サル類に関しては,表1に示したように,4000〜5000頭の輸入で安定している(表1省略).近年の輸入サル類の原産国は中国,インドネシア,フィリピンなどに集中しており,これらアジア産のサル類の輸入がほぼ8割を占めている.アフリカ産のサル類は約1割である.人獣共通感染症からみると,ヒトに最も近縁であり,野生のものが用いられることが多く,実験動物としては他の動物種ほど微生物学的にコントロールされていないサル類は,最も危険な輸入動物といえる.
 便宜上サル類は研究用・展示用動物に分類したが,ウサギのところで述べたように,サル類もまたペットとして輸入されている.輸入の際,研究用とペットとの用途分けが不明瞭であるため,その実態を正確に把握するのは困難であるが,1990年におこなわれた成田,大阪空港のサル類の輸入目的別の調査結果では,実験用が71%,ペット用が25%,そのほかが4%であった.この比率で考えると,年間ほぼ1000頭のサル類がペットとして輸入されていることになる.またサル類の場合は,貨物便だけの統計であり,機内手荷物として携行された場合は統計に入っていない.外国生活者が帰国時にサル類をペットとして携行する例もあるので,正確な実数は不明である.
 動物園などで輸入される展示用野生動物については,数もそれほど多くなく,輸入後も感染症などに関して,専門の獣医師が検査・健康管理をおこなっているので,人獣共通感染症の流行という点からはそれほど問題にならない.
 ペット動物
 ペット動物の輸入実情を把握することは,前述したように,かなり困難である.これはペット動物専門の検疫がおこなわれてないこと,ペットが家畜ではないため“家畜伝染病予防法”の対象にならないこと,ワシントン条約に基づいた“絶滅のおそれがある野生動物種の保存に関する法律”(1992年)では,野生でない動物は対象外になってしまうこと,税関では携行動物は貨物の対象としないこと,などによる.例えばイヌの場合,表2に示したように‘動物検疫年表’と‘税関貿易統計’では違った数字になってしまう(表2省略).これは“狂犬病予防法”に基づいて,わが国に入るすべでのイヌが検疫されるのに対し,‘税関貿易統計’には貨物として輸入されるものだけが報告されるからである.これからみると,イヌの場合,約25%(3000〜4000頭)が機内手荷物として入国していることが明らかである.
 ‘動物検疫年表’によると,指定外の動物(家畜とイヌを除く)のうち獣類では,輸入総数が1990年から1994年まで317,1187,17116,4081,4076頭という変動を示す.1992年には前年のほぼ15倍の増加になっており,ペットブームの激しさを物語っている.指定外の動物のうち鳥類は約6〜7万羽で安定しており,獣類のようないちじるしいペットブームがなかったことを示している.
 人獣共通感染症からみたペットブームの問題は,輸入数の増加だけではない.輸入数が増えると同時に,それまで通常のペットとして飼われていた動物種以外に,新しくペットに組み込まれた動物種が輸入されるようになった.心のやすらぎを求めるためのペットから,投機的なペットや他人の飼っていない珍しいペット動物への指向が増強されたのである.サルモネラ菌の汚染率の高いカメやヘビなどの爬虫類,狂犬病ウイルスの感染の危険のあるアライグマ,赤痢に感染したアフリカ産サル類の輸入などが増加し問題となっている.

輸入動物に由来する人獣共通感染症

 動物からヒトに伝播する可能性のある人獣共通感染症は約130種あるといわれている(FAO*/WHO合同人獣共通感染症専門家委員会報告書(1959)).輸入動物に由来する人獣共通感染症には,家畜に由来するものと,研究用動物・ペット類など野生動物に由来するものがある.わが国で家畜以外の輸入動物からヒトに感染する可能性のある主な疾病は,約30種である.
 人獣共通感染症には,古くから知られている感染症と,冒頭で述べたように比較的新しい感染症やエマージングディジーズとがある(表3省略).家畜については,古くから人獣共通感染症の研究がなされており,また“家畜伝染病予防法”の対象として厳密な動物検疫がおこなわれているので,とくに本稿ではふれない.しかし,家畜の伝染病といえども,時代とともに変動している.最近話題になっている感染症としては,伝達性海綿状脳症(ヒツジのスクレイピー,ウシ海綿状脳症:BSE,本特集品川森一氏の解説参照)や,ウシの出血性大腸菌O157:H7の保有問題,ウマのエマージングウイルスであるウマモービリウイルス病(現在はコウモリのモービリウイルスであることが明らかになっている.本特集甲斐知恵子氏の解説参照)などがあげられる.伝達性海綿状脳症は新しく(1996年)家畜伝染病予防法の対象に,またO157:H7による出血性大腸菌症は,ヒトの指定伝染病の対象にされた.
 ペット・研究用動物由来の古くから知られている人獣共通感染症
 イヌ・ネコなどのペット由来の人獣共通感染症で,古くから知られている主なものには細菌感染症が多いが,ウイルスによる感染症から寄生虫症まで10種類があげられる.すなわち,狂犬病,イヌプルセラ症,リステリア症,エルシニア,パスツレラ,レプトスピラ感染症,ネコひっかき病,トキソプラズマ症,包虫症,トキソカラ症である.
 狂犬病は,特定の島国(わが国を含む)および北欧を除いた世界中に広く分布しており,宿主域も温血動物全体にわたっており,きわめて広い.わが国では昭和31年の発生を最後に狂犬病の流行はない.羅患犬からヒトヘの感染例が多いが,ネコでは不顕性感染例(ウイルスをもつが発症がない)も知られている.米国では最近コウモリからの感染例が増加している.他にスカンクやアライグマなどのペット類も感染源として注目されている.従来狂犬病の流行がない国として知られていたオーストラリア,イギリスでもコウモリから狂犬病関連ウイルス(リッサウイルス)が分離され,話題を呼んでいる(1996年),イヌ以外にもネコ,アライグマ,キツネ,コウモリなどをペットとして輸入する場合には,狂犬病ウイルスの感染の有無をチェックする必要がある.ネコひっかき病は,日本では1953年に報告されて以来,ヒトへの感染例は100未満であるが,米国の統計では人口10万人当たり1.3〜9.3例となっており,日本でも報告例以上の感染例があると思われる.病原体については,菌の分離・培養ができないためいろいろの説があったが,最近PCR法によって,細菌に属するBartonella henselaeであることが明らかになった.発熱,膿瘍形成,リンパ節腫脹をおこす.脳炎をおこす例もある.死亡率は0.1%程度である.
 トキソプラズマ症は世界各国で発生している.食用肉からの感染が多いが,トキソプラズマ原虫は経口感染したネコあるいは野生のネコ科動物の腸内でだけ有性生殖をおこない,糞便中にオーシストとなって排出される.したがって,輸入されたネコ科の動物との接触に注意する必要がある.オーシストは外界で安定しており,消毒薬に対しても強い抵抗性を示す.ヒトでは流産,リンパ節炎,肺炎などをおこす.エイズ患者ではトキソプラズマ脳症をおこす例が多い.
 包虫症は,多包条虫(Echinococcus locularis)の幼虫が寄生することによっておこる.イヌ,ネコ,キツネなどの小腸に寄生している条虫の虫卵をヒトが飲み込むと,幼虫は肝,肺,脳などに寄生して,大きな嚢胞を形成する.外科的に嚢胞を摘出する以外に治療方法はない.汚染地から輸入される肉食動物やペットとの接触に注意する必要がある.またイヌ,ネコ,アライグマの回虫卵を飲み込み,幼虫が脳などに迷入する“幼虫移行症”も最近増加する傾向にある(トキソカラ症).
 実験用動物として使用されるサル類,げっ歯類は,前述したようにペットとしても輸入されている.これらの野生動物由来でよく知られている人獣共通感染症には,Bウイルス,マールプルグ病,黄熱,デング熱,モンキーポックス,A型肝炎,赤痢,結核(人型),類鼻疽,アメーバ赤痢,糞線虫症(以上サル類)と,リンパ球性脈絡髄膜炎(LCM),腎症候性出血熱(HFRS),ラッサ熱(以上げっ歯類)がある.
 Bウイルスはアジア産マカカ属のサル類が高頻度(50%〜90%の率で陽性〉にもっているへルペスウイルスで,サル類にとってはヒトの単純へルペスウイルスと同様,とくに病原性は強くないが,ストレスや免疫不全状態では神経に潜伏しているウイルスが活性化され唾液中などにでてくる.ヒトがBウイルスに感染すると70%近い率で死亡する.1932年に最初の患者(イニシャルがW.B.)からウイルスが分離されて以来,これまでに約40例の感染が報告されている.最近はアシクロピル,ガンシクロビルといった抗へルペスウイルス薬の早期投与が有効であるといわれている.1994年には,Bウイルスに暴露された際の感染防止と医療処置に関するガイドラインが米国で作成されている.サル類に直接咬まれたケース以外に,サル類の解剖や組織,細胞を取り扱う際に感染した例も報告されているので注意が必要である.
 マールプルグ病,モンキーポックスは,ともにサル類が宿主ではないが,熱帯雨林に生息しているなんらかの動物がこれらのウイルスをもっていて,サル類が感染をうけ,ヒトに伝播するケースが知られている.マールブルグウイルスは,エボラウイルスと同様フィロウイルス科に属する.1967年ウガンダから輸入したアフリカミドリザルから,当時の西ドイツのマールブルク,フランクフルト,当時のユーゴスラビアのベオグラードで同時に感染が拡がったケースが最初で,その後1975,1980,1987年に散発しているが,エボラ出血熱のような大流行にはなっていない.ヒトでの潜伏期間は3〜10日で,発熱,頭痛,筋肉痛,皮膚や粘膜の発疹が初期にみられる.死亡率は約25%である.モンキーポックスは1996年にも流行が報告されている.天然痘が根絶された現在,ヒトからヒトに伝播するモンキーポックスは,ワクチン非接種人口が増加した場合,大きな流行をおこす危険性がある.
 黄熱,デング熱はヒトと同様,流行地でサル類が感染に巻き込まれるケースがあり,米国では,サル類の原産国でこれらの疾病の流行があるときは輸入を停止している.A型肝炎,赤痢,結核(人型)などは,サル類はむしろ被害者であり,ヒトから感染を受けるものである.しかし,いったん感染するとヒトへの感染源になりえるので注意する必要がある.赤痢アメーバは世界中に生息しており,サル類は高頻度に汚染されている.輸入サル類の30%以上に不顕性感染がみられる.体毛にはアメーバのオーシストが付着しており,ヒトがこれを飲み込むと.腸管で発育し肝・脾・脳などに膿瘍を形成する.アメーバ赤痢は赤痢とともに法定伝染病に指定されている.
 げっ歯類由来のリンパ球性脈絡髄膜炎,腎症候性出血熱,ラッサ熱はいずれもヒトにとっては,急性の致死性感染症である.ラッサ熱の場合,1975年までの報告では,118名が発症し,48名が死亡している(致命卒41%).アフリカの流行地以外では米・欧・日で19回ウイルスの侵入を受けている.これらのウイルスは.しかし,宿主であるげっ歯類(腎症候性出血熱の場合はアジアのセスジネズミなど,ラッサ熱ではアフリカのマストミスなど)では無症状で持続感染しており,尿などにウイルスが排出されつづける.日本のげっ歯類でもリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスと交差する抗体をもつ個体がいる.また腎症候性出血熱,ラッサ熱の患者は日本でも発生しており,けっして国外の話ではない.1996年WHOは,アフリカでのラッサ熱の流行,アジアでの腎症候性出血熱の流行を知らせている.
 鳥類では古くからオウム病の感染が問題になっている.感染源としてはインコ,オウムが重要である.わが国での発生例は多くの場合,セキセイインコが感染源となっている.ヒトでは異型肺炎をおこす.治療が遅れたり,老齢者が感染した場合には重篤になる.広スペクトラムの抗生物質であるテトラサイクリンが有効である.
 ペット,研究用動物由来の比較的新しい人獣共通感染症,エマージングディジーズ
 イヌ・ネコなどのペットに由来する人獣共通感染症で比較的新しく注目されている感染症には,カンビロバクター症,クリプトスポリジウム症,ライム病などがある.サル類由来のものとしては,カンピロバクター症,クリプトスポリジウム症のほかに,エボラ出血熱,エボラウイルスと同一のグループに属し,ヒトに感染はするが病原性がないと考えられるサルフィロウイルス,ヒトへの感染が考えられるサル免疫不全ウイルス(SIV)などがある.げっ歯類由来のものとしては,ライム病および最近エマージングウイルス病として北米大陸で問題になっている,HFRSに近縁なハンタウイルス肺症候群(HPS)があげられる.また鳥類由来のものとしては,カンピロバクター症,クリプトスポリジウム症の他に結核(烏型)(Mycobacterium avium intracellulare complex)が問題になっている.魚類・爬虫類由来のものとしてはサルモネラ症,結核(水生動物の結核菌,Mycobacterium marinum)がある(表3省略).
 このうち,クリプトスポリジウム症や結核(鳥型)は,エイズなどの免疫不全患者で発症者が多数でたために注目されている.本来は日和見感染症(本特集島由馨氏の解説参照)に近いものである.カンピロバクターは,イヌ・ネコ・サル類,鳥類に広く分布している.サル類では汚染率が高く,研究用育成ザルでも汚染がみられ(約30%),Campylobacter jejuni, coli, fetus, NRST株などが分離される.本菌は最近小児や幼児などの長期下痢,腸炎の原因として注目されている.サル類では不顕性感染している例も多いので注意が必要である.
 小説‘ホットゾーン’や映画‘アウトブレイク’で有名になったエボラ出血熱は,典型的なエマージングディジーズである.現在エボラウイルスには,大きく4株あることが知られている.ヒトに病原性を示す株はいずれもアフリカで流行をおこしている.最も病原性の高い株はザイール株で1976年,1977年および1995年にザイールで流行している.致命率は約80%である.この株は,実験的に感染させたサル類でも致死的である.
 これよりもやや病原性の弱い株がスーダン株である.1976年と1979年にスーダンで流行しており,致命率はほぼ50%である.この株のサルヘの実験感染では,サルは死亡しない.1976年ザイール(ヤンブク),1976年のスーダン(ヌザラ,マリディ)および1995年ザイール(キクウィト)の流行では,いずれも300〜500名が感染,発症しているほど大規模なものである.この2株はいずれもヒトが最初の感染・発症者であり,熱帯雨林に生息しているウイルス保有生物に接触したことによって感染したと考えられている.
 いっぽう,他の2株は,いずれもサル類が関与している.コートジボワール株によるエボラ出血熱は1994年,象牙海岸のタイ森林公園で死亡しているチンパンジーを解剖した3名のうち1名に,8日後に発病した.彼女は幸い一命を取りとめている.遺伝子解析の結果から,このウイルス株は上記2株とは異なることが明らかになっている.ヒトに対する病原性はスーダン,ザイール株よりも弱いようである.1996年1月には,ガボンのBooueでチンパンジーからエボラ出血熱の流行がおこっている.これはウイルスに感染したチンパンジーの肉を食用に用いたためにおこった例である.コートジボワール株と同一株であるかどうかはまだ不明である.1996年11月のインターネット(http://www.outbreak.org/)では,ガボンの医師(上記Booueとは別の地域であるLibrevilleの病院で働いていた)が,南アフリカでエボラ出血熱を発病し,血液を介して看護したシスターが感染,発病,死亡したことを報じている.
 第4番目の株は,アジア産のマカカ属サル類に感染をおこすもので,サルフィロウイルスともいわれている.1989年‘ホットゾーン’の舞台となった米国のバージニア州レストン(首都ワシントンDCに近い)のへ一ゼルトン霊長類研究センタ一での流行が最初である(レストン株と命名された).その後1990年に米国でテキサス州,1992年にイタリアで,1996年に米国(テキサス州アリス)で流行をおこしている.
 これらはいずれもフィリピンのカニクイザル輸出業者であるファーライト社から出荷されたものである,しかし抗体調査の結果,フィリピン産サル以外にも広くアジア産のサル類が抗体をもっていることが明らかにされている.このウイルスはサルには重鷺な出血熱をおこす.ヒトに感染はするが,ヒトでは発症例がなく,ヒトに対する病原性はほとんどないと考えられている.しかし,ヒトに感染することが明らかであること,アフリカのエボラウイルスと近縁であることから,サルを経由しヒトに順化することで病原性が高くなるのではないかと心配する研究者もいる(最初,動物種を越えて侵入した場合に,新しい宿主で増殖しにくかったウイルスが,新しい宿主を何回か通過する間によく増殖するようになって,病原性が上がる場合がある.こうしたウイルスの適応を順化という.).
 上記4株はいずれもウイルスを保有する生物は現在までわかっていない.熱帯雨林に生息する生物を対象に米国のCDC(Center for disease control and prevension)が調査を進めている.
 HPSは1993年,ニューメキシコ,アリゾナ,ユタ,コロラドの4州が接している地域(four corners)で若い男女が急性の致死性肺炎をおこしたことからはじまった.この原因は前述した腎症候性出血熱ウイルスの原因となるハンタウイルスの新種であることが明らかになった.すでに100例以上の報告があり,致命率は約50%である.野生のげっ歯類が腎症候性出血熱と同様にウイルスを保有していることが明らかにされており,その分布もアメリカ,カナダにおよんでいる.ペットとして野生のげっ歯類を輸入することは,非常に危険を伴うことを知っておくべきである.
 前述したようにペットの種類の多様化に伴い,水生動物からの感染症が知られるようになった.サルモネラ症では,カメが重要視されている.カメ・ヘビなどの爬虫類は高率にサルモネラ菌を保有している(爬虫類では一般に不顕性感染であるが,脱水などのストレスで発病した動物は,元気・食欲の低下,下痢,腸炎,肺炎,肝炎などの症状を示す.小児では,食中毒様の激しい腹痛,嘔吐,下痢などの症状を示す,).とくにミドリガメは夏季には,ほぼ100%保菌しており,幼児・小児のサルモネラ症の感染源となる.M. marinumは海水魚・熱帯魚に汚染する抗酸菌で,魚を飼育する水槽にも付着している.ヒトへの感染が知られており,潰瘍や肉芽腫が形成されるので注意が必要である.

 野生動物検疫制度とその問題点

 すでに述べたように“家畜伝染病予防法”および“狂犬病予防法”に基づく,家畜とイヌを対象とする動物検疫以外には,わが国では法的に動物検疫を義務づけてはいない.ペットはもとより,研究用に使用される動物でも厳密な意味での検疫制度は確立されていない.サル類に関しては医薬品開発や研究に使用されるものについては,厚生省国立予防衛生研究所のサル類輸入検疫手順に準じた検疫をおこなっているところが多い.しかし,ペットとして輸入されるサル類に関しては,1974年5月と6月に厚生省検疫所管理室長からだされた“輸入動物特にサルによる健康被害の防止について”,“海外より持ち帰るペット動物特にサルによる疾病予防について”の通達によって,自主検疫が促されているが,確実に守られているかどうか不明である.実際に通達の対象となっている赤痢がアフリカから輸入したサル類を介して飼い主に感染した例が最近になってもおこっている.
 わが国の動物検疫の問題点
 人獣共通感染症は,学際的な研究が必要な分野である.感染症が野生動物やペットの病気として存在する場合は獣医学の対象となるが,ヒトが感染した場合には医学の対象となる.さらに野生動物のあいだで病原体が独自の生態系を確立している場合には,まだ学問としてこれを取り上げる分野はないように思われる.
 行政の対応を考えると,農林水産省がおこなっている動物検疫は輸入動物に由来する家畜などへの疾病の制御を目的にしており,ヒトに対する感染症防御の観点からおこなっているものではない.また厚生省の検疫はヒトからヒトへの感染症伝播の防止を対象にしており,動物からヒトへの感染症の防御という視点は欠落している.すなわち,わが国では動物,とくにペット類や野生動物からヒトへの感染症の防止を目的とする法律も,検疫制度も,これを所轄する官庁もないのである.
 このように(1)人獣共通感染症に関するサベイランスシステムがない.(2)しだがって人獣共通感染症の実態に関する統計データが欠落している.(3)このため臨床医が人獣共通感染症に関する興味,知識をもたず,学問として成り立っていないというのが現状である.
 輸入野生動物が種々の感染症の原因になりえる危険性についてはすでに述べたとおりである.また今後,増加する可能性が高い.ペットや研究用動物に対する検疫制度を設けることによって,サベイランスシステムを確立し,医学・獣医学教育に野生動物由来の人獣共通感染症を取り入れることがまず必要である.また,伝染病予防法の見直しにあたっても,危機管理対応を含めて人獣共通感染症について慎重に検討しておく必要がある.
 諸外国における輸入野生動物の検疫制度
 諸外国の輸入野生動物に対する検疫は,日本に比べて厳しいものである.イヌ・ネコについてはほとんどの国が健康証明書と狂犬病の予防接種証明書の提示を必要としている.またネコに関して狂犬病の予防接種を義務づけている国もある.  サル類に関しては,検疫をおこなっている国がほとんどである.ドイツでは研究用とサーカスでの使用以外にサル類の輸入を禁止している.米国では輸入業者の登録制と検疫施設の査察をベースにしており,ペットとしてのサル類の輸入は禁止している.登録業者の認定,危険な人獣共通感染症の発生に伴う届け出を義務づけている.これらの権限と責任はすべてCDCの所長にゆだねられている.また米国ではイヌ・ネコ,サル類のほかに,海ガメ・陸ガメおよびスッポン,病原体宿主および媒介動物に対する検疫も義務づけている.CDCの所長の許可書がない限り,病原体ベクター,生きたナンキンムシ,ノミ,シラミ,ダニなどヒトの疾病に係る節足動物,巻貝,軟体動物,およびネズミなどの他の動物宿主,媒介動物の輸入を禁じている.鳥類に関しては,商業用の輸入を禁止している国が多い.個人が持ち込むのに関して,数の制限をつけている国もある.

 前述したように1967年ヨーロッパでマールブルグ病が流行したことがきっかけとなり,WHOは1971年に専門家会議の答申をうけて“医学,生物学目的でのサル類の供給と使用に伴う健康上の諸問題についての勧告”をだしている.野生動物の輸出前検疫,航空輸送の安全性の確保,輸入後の動物検疫と研究用に利用する際の注意事項にわたって適切に書かれており,四半世紀たった現在でも十分に適用できる内容である.
 また厚生省は昭和63年以後,毎年のように,航空貨物の検疫,動物検疫の実情と問題点,人獣共通感染症の調査などの研究班を組織しており,すでにここで問題にした事柄に対する検討を終えている.筆者が記載した多くの情報は基本的にここ7年間にわたるこれらの成果に最近の情報を少しつけ加えたものにすぎない.一般のヒトに輸入野生動物の飼育が危険な面をもっていることを認識してもらうと同時に,関係省庁の協力によって,わが国にも輸入野生動物に対する検疫システムが早急に導入されることを望むものである.

講演お知らせ北陸実験動物研究会講演記録に戻る